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お盆

お寺の方がレッスンに来てくださっています。
今日は、ご試食の時、お盆のお話になりました。
いろいろなお話の中で 印象に残ったこと。
仏様をお迎えする時は、テーブルの下などの陰に、別にお膳を用意するのだそう。
それは、堂々と帰れない仏様もいるからなのだとか。
それは、どうして?とほかの生徒さんが聞いたら、宗派にもよるけれど、と前置きされて
現世では自分は悪いことなんてしていない、と思っていたり、意識がなくても、
あの世に行って裁かれる時、実は、悪いことをしていた、
とされることがあるからなのだとか。
そういう仏様が 居づらいことのないように、ゆっくり食べていただけるように
そうするのだそうです。
う〜〜〜〜ん、なんか、つらい話。と思っていたら
みんなね、自分の都合のいいようにしか、物事を解釈しないからね、とのこと。
・ ・・・耳の痛い話です。


七夕は父の命日でした。
今年はめずらしく雨が降りませんでした。
友達が 天の川のある方向を教えてくれましたが
肉眼では 見えませんでした。
でも、友達は 見えなくてもその方向を見ていることが大事なんだよ、と言うのです。
とても優しい、優しい友達です。
あの夜は、薄い雲が 夕張メロンみたいな色の、半分の月の上をゆるゆる流れては
月を隠したり、見せたりしていました。
あの日、織り姫と彦星は会えたのでしょうか?
うっすらと二人の間を流れる雲の合間にお互いの姿を
ちらとでも見つけることができたのでしょうか?

声は不思議です。
何もかも、もう、この世にはなくなってしまったのに
父の声は私の中でちゃんと残っています。
説明しようとしてもできないけれど。
だけど、忘れまい、忘れまいとしても いつか薄れて
なくなってしまうのかもしれません。
そして、いつか、私の肉体もこの世からなくなったとしても、
やはり、もう、父には会えないような気がします。
なんでか、わからないけれど、今年の七夕の夜、
空を見上げながら、ふと、そう、思いました。
生きていることと、死んでしまうことは そういうことなのかもしれないと。