あの日、あのテーブルで。
こつこつと同じことをするのは すごい。
昔 家族でたまに行っていたフレンチレストランを
すごく久しぶりに訪れた。
同じ場所でもう、27年経つそうだ。
シェフは 同じ厨房で、同じ鍋や皿を見つめ
毎日毎日、27年間、何を思ってきたのだろう?
定点観測、というわけでないにしても
かれこれ 10年以上通っているなぁ、という
レストランが他にもいくつかある。
行き始めた頃は シェフも若くて 血気盛んで
料理もとがっていて・・・
な感じだったのが、どの店も
いい感じに シェフも料理もしっくりどっしり落ち着いて
いい意味で枯れたかっこよさを醸し出している。
しみじみ いいなぁ、と思うのだけれど、
この感じは あの頃から その店と料理を知っていなければ
味わえないことでもある。
何回も食べたメニューでも、ある日ふと、
あれ?変わったかな?と 思うときがある。
そんな時、もうだめだよ、あそこも、と言って背を向けるヒトもいるけれど
自分が好きで食べてきた料理や、サービスも含めたレストランの雰囲気や
シェフに対して そんな風には思わない。
むしろ、こんな風になったんだな、と感じられることが
楽しかったりするし、
どこかで、勝手に 運命共同体のような気持ちもあるのかもしれない。
一度心から信じたモノに対して、どこまででもついていきますよ、
といったような。
そのことは いくらコトバを重ねても
自分にしかわからない感じであるし、
なんとかしてわかってもらおうとも思わないし、
ずかずかと入ってきて欲しくないというものでもあるのかもしれない。
ヒトは皆、かわっていくものだけれど
かわらないもの、もあるし、寄り道をして戻るもの、もある。
夜、ウルルンを見ていたら
豚の飼育を一人でこつこつとしてきたおじさんが
そうしなければ自分でなくなるから、と言ったコトバが
強く胸に響いた。
そういえば、私の通うレストランのシェフたちも
いろいろと面白げな話が今迄たくさん舞い込んだろうに
下のコと一緒になって野菜の処理をし、肉をさばき、魚に火を通し、と
自分のレストランを ひとつの場所でずっと守り続けてきたヒトばかりだ。
年に1回、たまには数年に1回になってしまったとしても
そのレストランの、そのシェフの料理を食べることで
自分のそれまでをも 懐かしくかみしめる。
今のことを、これからのことを思う。
立ち戻る。リセットをする。気持ちの波をしずめる。
温かい気持ちになる。背筋がのびる思いになる。奮い立つ。
心を休める・・・
そして 歳を重ねていく、ということは
しみじみといいものだなぁ、と思ったりする。

