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魚を食べよう。野菜を食べよう。

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夏のケーキを研究中。
かぼちゃとチーズのケーキ。


日本人の魚介類の消費量がどんどん減っているらしい。
私たちの食文化には 刺身や活け造りや干物や
姿焼き、姿煮、酒盗や魚醤・・・・と
挙げればきりがないほど 高度な技術で美しく仕上げられる
魚介料理や保存食の醍醐味が 根付いています。
魚を食べなくなる、というのは 日本の文化も薄れていくようで
私はなんだか心配で、そわそわと落ち着かなくなります。
それに、売れなくなる、ということは、必然的に
その仕事に従事するヒトも減って行くワケで
そうなると 輸入に頼るしかなくなるワケで・・・。
土地や天候に大きな問題があるわけでないのに、自分たちの暮らす土地で
自分たちの食べる物を作らずとらず、それをよそに頼るというのは
なんだか、心配。
それに 温暖化だ、エコだ、というけれど
私たちの食料を運ぶために 
飛行機が飛んだり、トラックが走ったりすることを忘れてはいけない。

例えば 野菜に限って言えば
地域、地域で、おおまかな種類の野菜を作ってまかなえれば
いいのにな。それが、近所の公園なんかに 週に一度でもいいから
マルシェのように 売りにきてもらえて
作り手のヒトの手から 直接買えたら すごくうれしいと思う。
(うちの近所にはなんでマルシェがないんだろう!?)

もちろん、限られた土地で ヒトの手をかけて育てた野菜や
天候に最も左右される天然の魚介なんかは
価格も安くはないでしょう。
でも、それが安全で、本来の野菜や魚介の味がするものであれば
(私は有機野菜であれば、なんでもありがたくて、いいものだ、とは
思っていません。やっぱり、その野菜の旬の季節にちゃんと味と香りがして
歯触りややわらかさなんかも楽しめてこそ、だと思っています。)
農業をするヒトが、漁業に携わるヒトが
少なくとも消費に関して心配事が起きないよう
受け手側の私たちも お腹にぐっと力を入れて腹をくくって
消費に関しては 支えて行かなければいけないんだと思う。
そう、需要がなければ、それはすたれていくのだから。

したいヒト、できるヒトが 
おいしいものを食べるため、安全なものを食べるため、
自分たちの食文化を守るため、それを後に伝えていくために、
大事に食べながら支えていければ・・・と思う。
だから大根の皮も葉も捨てずに。
鮎やさんまの内臓の苦みも季節の味として楽しみながら。

夢のような、理想論でしょうか?
でも、それなら、どうして それが、“夢”としか言えないのか
その理由を考えたいです。
その理由は まさに、原因でもあるのだろうから。