12年目のメッセージ
そのイタリア語辞書。
ていうか、きれいだなぁ、と改めて思う。
まるで使っていないのがバレバレ。
大掃除の季節だし、BOOK OFFに持って行こうかなぁ。
とか考えつつ、再び、ぱらぱらめくる。
と、最後のページに 見知らぬ文字で名前とメッセージが。
んん??誰??と考えを巡らす。
きっと、イタリアで習っていた語学クラスの先生だ、
と思い至った。
でも いつの間に???
最後の方、私は語学のクラスをさぼってばかりいた。
語学のクラスはクラス分けがあって、
少しフランス語がわかっていた私は
似たようなイタリア語の単語に反応できるので、
上のレベルのクラスに入れられてしまったのだ。
何度言っても下のクラスにおろしてもらえず、
というか、それすら、ちゃんと伝えられないレベルだったのに
先生たちには、大丈夫大丈夫、がんばって!と笑顔で言われるばかり。
クラスは確か、4−5人の少人数で
ほかの人は見事にぺらぺらだった。
初めはそれでもそれなりにがんばっていたつもりだけれど
ある時から、みんなの言っていることが、
まるで何もわからなくなってしまった。
その上、一日は本当にあっという間で、
料理の授業のノートをまとめたり、レシピの単語を調べたりするだけで
いっぱいいっぱいになってしまった。
さぼった日は、授業が終わった同じクラスの友達に
先生が麻紀は?って言って、淋しそうな顔をしてたよ、と
言われて、一生懸命レッスンをしてくれる先生の事を思うと
申し訳なくて、さぼった自分が情けなくて
泣きそうな気持ちになった。
で、次の日、授業に行くけれど、
やっぱり、みんなのしゃべっていることが、
不思議なことに、ほとんど拾えないのだ。
それはそれで、泣きたい気持ちになることだった。
この時、実は、私のココロはパリに向いていた。
ホームシックのように
パリに戻りたい、フランスに戻りたい、
そればかり思っていた。
先生には、悪いことをしてしまったなぁ・・・。
イタリア語の勉強をがんばりきれなかった私のこと、
どう思って、これを書いてくれたんだろう・・・。
・ ・・・懐かしい。
という一言ではおさまらないくらい
あの時のいろんな気持ちを思い出すし、それを
あの時とは違った角度から思い直せる
今の自分がいる。
ああ。でも。
1997年。
私は、確かにトスカーナにいたんだなぁ。
目の前のオリーブ畑に沈む夕日を眺めたり
庭のハーブをちぎってきてラグーに加えたり
なかなかうまく形を揃えられないラビオリを
作ったりしていたのだなぁ。
秋の日、すとん、と一気に気温が落ちた朝があった。
わざと大きく息を吐いて、それが白くほわほわするのを
面白がりながら裏の納屋に行くと
壁一面を覆っている蔦の葉の色が
燃えるような深紅に変わっていた。
そのあまりもの美しさと迫力に立ちつくした。
なんでもないことのようだけれど、その時、
ああ、この色を見ることができてよかった、
思い切ってイタリアに来てよかった、と思ったのだった。
寒さで、鼻の先がつん、としながら・・・。
何気なくめくった辞書で
思いがけず12年前の自分と会った。
いろんな気持ちといっしょに。
なんだか、今夜の私は、思い出に押しつぶされてしまいそうだよ。

