« 2011年03月 | blog TOP | 2011年05月 »

2011年04月29日

愛すべきお姉様方

前に勤めてた会社のお姉様方とお食事に行きました。
相変わらずの毒舌で超笑いました。
勤めている時は、私は一番ひよっ子な上、
会社的な常識がずぼっとなかったので、たくさん教えていただきました。
びしばしとね。
うん。びしばしと。(しつこい)
あ〜。思い出すと、おねしょしちゃいそうだ。(笑)

お姉様方はキャリアもすごくてばりばりお仕事をして
たぶん、いろんなことと闘って道を切り開き
世の中を渡って来た方々なのですが、
ともかく相変わらずパワーがすごい。
しゃべる、しゃべる、しゃべる。
ぶった斬る、ぶった斬る、ぶった斬る。
もう、ばっさばっさ、
斬る、斬る、斬る。
食べる、食べる、食べる。
飲む、飲む、飲む。
おらおら系で、常にドヤ顔であった。
そして、お店の中で、自由・・・・。
というか、つっこみが鋭すぎて
サービスの女の子も途中から(というか、わりと初期からだけど)
びびって、私たちのテーブルに近寄らなくなったよ。(笑)

あ、コレ見たら、怒られるよ〜。
(たぶん、見ると思うケド。)
でも。
若いコに元気をもらう、というのはよくあるけれど、
見るだけで元気をもらえる年上の人がいるって、
なんか、すごいことじゃないか、と思いました。
いつまでたっても、ぜったい敵わないな!
というセンパイ方がいることって幸せ!

お店を出る時は、なんというか、
非常に清々しい気持ちになっていました!
あ〜、楽しかった!


いや〜〜〜。しかし。
二度と一緒に働けないな。
恐すぎて。(笑)
無知で鈍感であんぽんたんだった若い頃の私、
おめでとう。そして、ありがとう。

2011年04月27日

日々。

トモダチと4人でひさびさに会う。
やっぱり話すのは、あのことだ。
みんながそれぞれ、ボランティアにどう参加できるのか、とか、
送るものを調べて用意した話しとかしていて、
今回のことで、みんな、自分に何ができるのか、と
行動していたことを知り、すばらしい、と思った。
すごいトモダチたちだ。
尊敬するし、誇らしい。
私も自分の場所でできることをがんばる。

近くにご実家があったり、
仕事に多少なりとも影響がでそうだったり、
小さい子供のいるヒトは、何より、
日々のニュースに言いようのない不安を覚えたりしているのだけれど、
それでも、
私たちは選んでここにいるのだから、
腹をくくるしかないじゃん、と言ったのを聞いて
なんというか、胸のもやもやがすぱっと晴れた気がした。
トモダチの力強い言葉は
こんなにも勇気をくれる。
そうだ。選んでここにいる。
でも、だから、自分で責任をもってちゃんと調べる。
だって、言ってくれなかったから、なんていう言い訳、
もう、しない、と、私はココロに誓った。


この日のみんなは、いつもより、少しだけ
テンションが高かった気がする。
はしごもした。
少し遠いトモダチは、タクシーで帰った。
ええ〜〜〜〜〜!!と思ったけど、
だってもう、いいよ!とすっぱり言っていて、
お、男らしい、と感動した。(女だけど)
そんなことで、何もごまかせないし、変わらないのだけれど、せめて、
一緒に会えて過ごせるわずかな時間だもの、
楽しくいこう、と
きっと誰もが思っていたのでは、と思った。

途中で降ろしてもらおうと乗り込んだタクシーの中で
スーちゃんが亡くなったことを知って、
一同、驚愕。
し〜〜〜〜ん、とした。
最近、生きるということについて
生きているということについて
加速度的に考えることが増えた。

あの日以来、人通りがぐっと減ってずっと淋しい夜の道を
だらだらと、わざと遠回りして歩いて帰った。

2011年04月24日

お知らせ 

4月27日のレッスンをお申し込みの方へ

やはり材料の一部が揃わないため、今回は、
開講を見送らせていただきたくお願いします。
せっかくお申し込みをいただいたのに、
申し訳ありません。

5月のレッスンでお待ちしております。

2011年04月21日

日々。

撮影のお仕事が続いていました。
今日は ELLE a tableさんの撮影でした。
いつも和やかで楽しいです。
それに今日はおいし〜いワインもいただけたし!
シアワセでした。うひひ〜。


昨日はトモダチと久しぶりにゆっくりおしゃべりしました。
新しい仕事や生活の話しを聞いていて
早く、彼女の目指すところへ届くといいなぁ、と思いました。

私はといえば。
お仕事以外で、あ〜。も〜。なんでこうなっちゃうのぉ???
ということが続いて、
かなり、どよん、とした気持ちでいて、
それを振り切るだけで、まずひと仕事、な感じが続いていたのだけれど、
ここ数日で、このヒトには認めてもらいたいんだ、という方々から
不意に、お褒めの言葉をいただいたりして、
うれしかった。
それは、なぜか、若い頃の “やった〜!!イエ〜〜〜〜イ!!”
という爆発的な喜びでなく、
しみじみとうれしく、ひたひたとじわじわと温かく胸に広がり
私の身体を温めてくれています。

両手でそっとすくいあげて
胸に抱きたい灯火は、
気がおかしくなりそうな孤独や悲しさや、怒りなんかの先にあって、
あるいは、
誰かの顔を思い浮かべながら一生懸命選ぶアスパラガスや、
トマトなんかの先にあって、
手がもげそうに重い買い出しの荷物の先にあって、
爪の先で必死にこそぐ冷蔵庫のなんかのソースのこびりつきの先にあって、
洗っても洗っても、乾かしても乾かしても、
たたんでもたたんでも終わらない、布巾の洗濯の先にあって、
拭いても拭いても汚れる床の先にあって、
帰宅して、もう、くたくただよ〜と
泣きたい気持ちで洗うバスタブの先にあって、
鍋の汚れを磨き落とす金たわしでささくれた指の先にある。
私の場合。

その灯火はほかの人には見えないものかもしれないけれど、
私にとっては大切なもの。
だから私は、劇的な奇跡なんか起こらない日々を
笑いながら、泣きながら、怒りながら
変わらずに過ごしてゆきます。

2011年04月12日

また・・・。

また地震があった。

もう、もう、もう・・・。
どうか・・・。
これ以上、東北の人に怖い思いをさせないでください・・・。

今晩レッスンにいらしてくださる方々も
心配があったら、どうか、ご無理をしないでくださいね・・・。

2011年04月11日

春。

今日、スタバで高校の時の担任の先生に
偶然お会いしてびっくり。

昨晩、NHKの『ようこそ先輩』(?)に黒柳徹子さんと
我が母校(香蘭女学校)が出たそうで
「あなた、見た!!??」と言われましたが、
見てません〜〜〜〜〜。とても残念!
つい先日、食事をしていたレストランで
偶然、黒柳徹子さんをお見かけして
おお!センパイ!とココロの中で感動していたので
あれは、このことの予兆だったのか、と、なおさらに残念。

立ち話で、先生も意外の弾丸トーク(笑)。
雑誌やテレビなどで、私を見つけてくれているそうで、
あんな料理してたわね、とか、こんなのに載っていたわね?と
言ってくださる。
あ、気付いてくださったんだ、と思い、
とても嬉しいです。先生、ありがとうございます。

で、ふと先生が、
大学の合格発表の日、
私、合格したわよ!ってあなたを探して走って知らせに行ったけれど、
あなた、ひとりでぽろぽろん、とピアノを弾いていて、
ああ、いろいろ考えていたんだな、
いろいろ考えながらひとりでピアノを弾いていたんだな、
って思ったのよね。
私、そのこと、忘れないの。
よかったぁ!って喜んだあなたの顔も。
と、おっしゃいました。

というか。
私はまるで記憶になくて、そう言っていただいても
そうだったかな???という感じなのですが、
そんな風に覚えていてくださる先生がいらして、
本当に幸せだとしみじみ思いました。

進路を考えていた頃、フランス語に関係する方々に相談すると
必ずと言っていいほど勧められて、
大学に見学に行った時、林のような、うっそうと生い茂る木々の緑の奥に
ひっそり校舎があることと、
その校舎の周囲にもたくさんの種類の木々花々が植えられ、
きれいに手入れされていたことにまず心が奪われ、
ひと学年、学校全体の人数がこじんまりしていて
大学とは思えないような少人数で授業が組まれることなどが
自分にはむいている、と感じて
私は、どうしても白百合の仏文科に行きたいと思っていました。
運良く学校から推薦をしていただいたものの、
その試験は、3科目必須で推薦試験の割りにかなり本気(?)、
毎年、受験生の半分くらいが落ちてしまい、
内申書や志望動機も精査されるので、
これと言った華々しい優等生記録がないような私には
そのハードルは高かったのです。とほほ。
あったのは、どうしても入りたぁぁいい!という
前のめりの希望だけ。

行けるといいのに、と言ってくださっている反面、
大丈夫なのか?????と、先生がひっそり思っていらしたことは
なんとなぁく、気付いていましたけれど。
でも、今日、そのコトを聞いて、ああ、やっぱり先生も、
とても心配してくださっていたんだなぁ、と改めて思いました。

本当にありがたい・・・。
こんな春の日に不意にそういうお話を伺うと、
なんだか泣けてきます・・・。私もトシをとりました。

そしてトシを重ねて私は、ちゃんと恩返しできているのだろうか?
人生は、自分のものであっても、
自分だけで生きているのではないのだな。改めて。
あの時、心を砕いてくださった先生、先生方、皆さんを
裏切るようなことはできないなぁ。
もちろん、すくい上げてくださった白百合の先生方にも。
・・・と言うときっと、先生方は、
何よりすべきなのはその気持ちをもって、隣人を大切にすること。
人としてよく生きること。とおっしゃるだろうなぁ。
ああ、あの頃の私は、深いことを大切なことを
たくさんたくさん教えていただいていたんだ。


香蘭女学校にも白百合にも、
校門から校舎まで続く、緑に覆われた道の両側に
大きな桜の木が数本ありました。
満開の花の下、初めて歩いた春はぞれぞれ、
不安と誇らしい気持ちが入り交じり、どきどきしていたっけ。
二度とは味わえないその気持ちは、思い出すと
ほろ苦くて甘酸っぱい。
自分の人生。私なりの人生。
でも、自分のものだけじゃない人生。
その人生を私はこれからも精一杯生きていこう。


しかし。
ピアノをぽろぽろん・・・・って・・・。
ミュージシャンか?坂本龍一さんか?私。と
数十年前の自分につっこみを入れる夜桜の下。


と思ったところで、
むむむ??? ちょっと待って。
そう言えば。
受かった後、先生にも、他の先生にも、
推薦制度で入れていただくのだから、ともかく、
おとなしくしててよ!4年間、ほんとにおとなしくしててちょうだい!
と、何度も言われたっけ。私ばっかり。
先生の心配って、実はもしかして、そっちの方のことだったのかしらん。
ああ、肝心なことは思い出せず、
忘れてしまいたいことばかり思い出される・・・。
私の場合、どうも、泣ける話、で終われないところが逆に泣けるんだなぁ。

2011年04月05日

妄想

もう10年近く前のことになるんじゃないか???
仕事で九州に行ったとき、
とてもすてきな列車に乗った。
『つばめ』
確か、わずか30分の距離しか走らない、とその時
教えてもらった気がするけれど、記憶はとても曖昧。
ただ、ウッドを使った座席やブラインドがすてきすぎて
何だこれは?現実か?日常なのか????と
非常にコーフンして、ひとり、車内をうろうろ探検したものです。

このデザインもすごいけれど、このデザインの列車を走らせる
九州というところがすごい!と感動しました。
そう。
九州は、なんというか、人々が洒落ていました。
それは、洋服がすごく最先端!とかそういった表面的なことではなく、
中身。
うまく言えないけれど、ヒトが洒落ていたのです。(そのまんまだけど)
あと、反応が早くて、カンが鋭い、というか、
いいものを嗅ぎ分ける嗅覚が鋭いんだなぁ、って思いました。
そう思った理由はたくさんあるけれど、例えば、
その頃一般家庭ではまだ珍しかったフレキシパンを私が使っていたら、
あら?何それ?とすぐ反応され、
こうこうこうで、こんな風にいいんですよ!と説明したら、
たくさんの方が即買いしたのです。
その即決力にびっくり。
というのも、東京でも大阪でも、ふ〜〜〜〜ん、という反応はあっても
様子を見よう、という人が多くて、そんな風な反応はなかったので、
ええ??ここで???という驚きは大きかったのです。

九州。
また行きたいなぁ。

今日、『プロフェッショナル』で
その列車をデザインした方がでていて、すごく久しぶりに
九州のあのおおらかな空気と、
ど〜〜〜ん!と頭上に広がる青空を思い出しました。
いつか、列車でゆっくり旅したいなぁ。

2011年04月02日

ELLE a table さんに載っています

%E3%80%8E%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AE%E6%9C%AC.%E3%80%8FJPG.JPG

今発売中のELLE a tableさんに
載せていただいています。
春らしいディップを作りました。
ぜひぜひ見てください!
撮影の時は、みんなでパンにつけ試食しながらで
ディップパーティーのようで、すごく楽しかったです。
う〜〜〜〜ん!
ディップは本当にすばらしいのです!
好きなパンにちゅっ、っとのせるだけで
いろんな味を楽しめるので。
いくつか用意してテーブルに並べて
好きなパンもいくつか用意して並べて
好きなワインや飲み物もどん!とおいて
あとは座れば、えんえんと食べてしゃべれる!

ところで。
生徒さんの何人かが、今、ポン酢ジュレが流行っているんですよ!
と教えてくれました。
私の『ディップの本』でも紹介していますよ!ポン酢ジュレ!
こちらのほうもぜひよろしくお願いしますです。

とりあえず。

なんか、恐ろしいニュースばかりだ。
広島や長崎であんな悲劇を被ったのに、
同じモノで(厳密には違うけど)自らが右往左往している、
と思うとなんか、複雑だ。

詳しいことはわからないし、
それぞれの専門の立場での見方があるのだろうけれど、
でも、便利さを求めていたよねぇ?
というか。
私は、求めていましたよ。正直に言いますと。
コンビニが一晩中とは言わないまでも
遅くまで営業してくれるといいなぁ、と思ったし、
暑い夏の夜には、エアコンをかけっぱなしで寝たかったし、
寒い冬の夜にも、もちろん。
だからなんとなく、そこの部分では、
どういうことだ!、という気持ちには
ならないのですよ、我が身を振り返ると。
求めたのは私だろう、と思うとね。
ただ、本当に困ったことになったなぁ、と思います。

いつも利用する駅はいつもより暗いけれど、
それも慣れればどうってことない。
ただ、エスカレーターが動いていないのは、ちょっと困るのかもなぁ。
(私の利用している駅では上りは動いているけれど
下りは動いていない)
この間、杖をついたおばあちゃまが、本当につらそうに
階段を一段ずつ降りているのを見て、胸が痛みました。
うちのおばあちゃんがよく、
階段は、意外と降りる時がつらいのよ、と言っていたし。

治安が悪くなるのも嫌だけれど。
そう考えると、フランスはメトロも暗いし、
夜道の街灯も日本に比べるとトーンが低いし、
たいていの店が夜には閉まるので、街もアジアの繁華街のように
照明がにぎにぎしていないのに
激しく治安が悪くない、ということは、
実はすごいことなのか?と改めて思ったりして。


そういえば、前に、トイレの電球を買い替えた時、
それまで使っていた40Wでなく、
間違えて60Wの電球をつけてしまったことがありました。
スイッチを入れた途端、見慣れたトイレの様子が
がらっと変わって見えて驚いたことがあります。
ぎらん!と明るく見えたところがある一方で、
陰の部分が今までよりずっと暗く黒く沈んで見えたのです。
そのコントラストが驚くほど強くて、
光と陰、とはこういうことか!とはっとしたのです。
強烈に明るく光るモノの陰は、
逆にぐんと暗く淀むのです。
そのことがなんだか、うすら怖かった・・・。
それ以来私は、光と陰、ということについて
時々ぼんやりと考えたりしていました。

街にも同じことが言えるとは限らないけれど。

でも、駅の照明はこんな感じでもいいです、私。
エスカレーターは必要な方のために動かしてあげて欲しいけれど。
お店の棚も、別にびかびか明るくなくても、いいです、私。
今の感じで大丈夫、私はね。
ということを、どこに意思表示していいかわからず、
とりあえずここに書いてみました。
多数決とられているワケじゃないけれど・・・。
なんか、とりあえず、今のうちに誰かに言っておきたかった。

ともかくこのままじゃ、いたちごっこになっちゃうんじゃないのかなぁ。
そんなの、悲しすぎるよねぇ。