今日、スタバで高校の時の担任の先生に
偶然お会いしてびっくり。
昨晩、NHKの『ようこそ先輩』(?)に黒柳徹子さんと
我が母校(香蘭女学校)が出たそうで
「あなた、見た!!??」と言われましたが、
見てません〜〜〜〜〜。とても残念!
つい先日、食事をしていたレストランで
偶然、黒柳徹子さんをお見かけして
おお!センパイ!とココロの中で感動していたので
あれは、このことの予兆だったのか、と、なおさらに残念。
立ち話で、先生も意外の弾丸トーク(笑)。
雑誌やテレビなどで、私を見つけてくれているそうで、
あんな料理してたわね、とか、こんなのに載っていたわね?と
言ってくださる。
あ、気付いてくださったんだ、と思い、
とても嬉しいです。先生、ありがとうございます。
で、ふと先生が、
大学の合格発表の日、
私、合格したわよ!ってあなたを探して走って知らせに行ったけれど、
あなた、ひとりでぽろぽろん、とピアノを弾いていて、
ああ、いろいろ考えていたんだな、
いろいろ考えながらひとりでピアノを弾いていたんだな、
って思ったのよね。
私、そのこと、忘れないの。
よかったぁ!って喜んだあなたの顔も。
と、おっしゃいました。
というか。
私はまるで記憶になくて、そう言っていただいても
そうだったかな???という感じなのですが、
そんな風に覚えていてくださる先生がいらして、
本当に幸せだとしみじみ思いました。
進路を考えていた頃、フランス語に関係する方々に相談すると
必ずと言っていいほど勧められて、
大学に見学に行った時、林のような、うっそうと生い茂る木々の緑の奥に
ひっそり校舎があることと、
その校舎の周囲にもたくさんの種類の木々花々が植えられ、
きれいに手入れされていたことにまず心が奪われ、
ひと学年、学校全体の人数がこじんまりしていて
大学とは思えないような少人数で授業が組まれることなどが
自分にはむいている、と感じて
私は、どうしても白百合の仏文科に行きたいと思っていました。
運良く学校から推薦をしていただいたものの、
その試験は、3科目必須で推薦試験の割りにかなり本気(?)、
毎年、受験生の半分くらいが落ちてしまい、
内申書や志望動機も精査されるので、
これと言った華々しい優等生記録がないような私には
そのハードルは高かったのです。とほほ。
あったのは、どうしても入りたぁぁいい!という
前のめりの希望だけ。
行けるといいのに、と言ってくださっている反面、
大丈夫なのか?????と、先生がひっそり思っていらしたことは
なんとなぁく、気付いていましたけれど。
でも、今日、そのコトを聞いて、ああ、やっぱり先生も、
とても心配してくださっていたんだなぁ、と改めて思いました。
本当にありがたい・・・。
こんな春の日に不意にそういうお話を伺うと、
なんだか泣けてきます・・・。私もトシをとりました。
そしてトシを重ねて私は、ちゃんと恩返しできているのだろうか?
人生は、自分のものであっても、
自分だけで生きているのではないのだな。改めて。
あの時、心を砕いてくださった先生、先生方、皆さんを
裏切るようなことはできないなぁ。
もちろん、すくい上げてくださった白百合の先生方にも。
・・・と言うときっと、先生方は、
何よりすべきなのはその気持ちをもって、隣人を大切にすること。
人としてよく生きること。とおっしゃるだろうなぁ。
ああ、あの頃の私は、深いことを大切なことを
たくさんたくさん教えていただいていたんだ。
香蘭女学校にも白百合にも、
校門から校舎まで続く、緑に覆われた道の両側に
大きな桜の木が数本ありました。
満開の花の下、初めて歩いた春はぞれぞれ、
不安と誇らしい気持ちが入り交じり、どきどきしていたっけ。
二度とは味わえないその気持ちは、思い出すと
ほろ苦くて甘酸っぱい。
自分の人生。私なりの人生。
でも、自分のものだけじゃない人生。
その人生を私はこれからも精一杯生きていこう。
しかし。
ピアノをぽろぽろん・・・・って・・・。
ミュージシャンか?坂本龍一さんか?私。と
数十年前の自分につっこみを入れる夜桜の下。
と思ったところで、
むむむ??? ちょっと待って。
そう言えば。
受かった後、先生にも、他の先生にも、
推薦制度で入れていただくのだから、ともかく、
おとなしくしててよ!4年間、ほんとにおとなしくしててちょうだい!
と、何度も言われたっけ。私ばっかり。
先生の心配って、実はもしかして、そっちの方のことだったのかしらん。
ああ、肝心なことは思い出せず、
忘れてしまいたいことばかり思い出される・・・。
私の場合、どうも、泣ける話、で終われないところが逆に泣けるんだなぁ。