寒くなりました。
もうすぐ、クリスマスだなぁ。
私の通っていた母校のどちらでも、
学校の大きなもみの木に、もうすぐ明かりが点灯される季節です。
前に書いたかもしれませんが。
フランスで過ごしていたある年のクリスマス。
メトロに乗っていたら、シートの端に座っていた
白髪で品のいい、細くて小さなおばあちゃまが、
小さな声で微笑みながら、
車両の中のいろんな人をゆっくり、にこにこ眺めながら、
クリスマスキャロルをハミングしていました。
そのハミングに気付いて、私は、ちらん、と横目で
まるで盗み見のように、おばあちゃまと車両の人々を見ました。
日本だと、ん??ちょっと変わった人?と思って、
無視したりするようなシチュエーションだったのですが、
同じ車両にいた人たちは、
読んでいる本からわざわざ顔をあげて、
あるいは、話している人と一緒に、
おばあちゃまを見て、にこっと微笑みかけたり、
いいですね、というように、眉をあげてみせたり、
うなずいてみせたりしていました。
それが、
ムッシュやマダム、若い男の子や女の子も、みんな。
みんな、なんです。
斜め前に座っていた私も、目が合ったので、
慌ててぎこちなくというか、咄嗟にひきつりながら微笑むと、
おばあちゃまは、ハミングをしながら、
ちょっと首をかしげて、クリスマス、おめでとう、と目で言いながら
微笑みかけてくれました。
このおばあちゃまは、どんなお家に帰るのかな?
長年連れ添ったご主人が部屋を温かくして待っているのだろうか?
あるいは、家族や孫が、賑やかに待っているのだろうか?
あるいは、暗く冷たい部屋にひとりで帰るのだろうか・・・。
おばあちゃまにとっては、どんなクリスマスなのだろう?
乗り換えの駅まで、たった2−3駅ほどの出来事でしたが、
そのおばあちゃまのおだやかな微笑みと、小さなハミング、
車内の人々のなんとも言えない温かい雰囲気に、
不意に涙がぶわっっと溢れてきて、
恥ずかしくて誰にも気付かれないよう、慌ててメトロを降りたのです。
フランスの人の心の温かさが私の心にも、伝わりました。
フランスの人にとっての、キリスト教を信じる人にとっての、
クリスマス、というものが、どういうものであるのかも、わかった気がしました。
その冬は寒くて、クリスマス前の私の誕生日には
朝から雪が降り積もりました。
なんとなく、いろんなことがうまくまわらない、まわせない気がしていて、
その上、氷点下になる寒さとヨーロッパ独特の暗さと閉塞感に
自分の気持ちもどんよりと引きずられていました。
いつも、身体も気持ちも冷たい気がしていました。
だから、ぼろぼろと止まらずに流れる自分の涙がよけい、
熱く感じたのです。
フランスは個人を尊重するお国柄だけど、
その社会の中では、決して人は一人ぼっちではない、
孤独ではない、と感じることができるのだと思いました。
そしてそういうことは、こういうメトロでのような、なんでもない出来事、
たった、それだけのことでいいんだ、と思ったのです。
この、メトロでのことは、
今でも忘れられない温かい、温かい、
大切な、大切な、フランスのクリスマスの思い出です。
12月が近づくと、必ず、思い出すのです。
そして、あの頃、あの最悪な冬に起こったいろんなコトは、
私のココロにびんびんと響きました。
たぶん、地中深くの落とし穴に落ちてしまったような気持ちの一方で、
ココロが、きん、と張りつめていたからだと思います。
いつもは聞こえないような かすかなことが聞こえて、
見えないような 小さな小さなことが見えて、
そうか、そうだったのか、と激しくココロを揺さぶられました。
もし、今の私に 少しでも心の襞があるとしたら、それは、まぎれもなく、
あの頃のフランスという国が作ってくれたものだとさえ、思うのです。
ちょっと単細胞すぎるかな?
フランスを盲目的に持ち上げてる??(笑)
でも、いいじゃない。
だって、もうすぐ、クリスマス。
素直に、なんでも、ありがとう、と思いたい。
ああ、そのおかげだ、と深く感謝したい。
みなさんも、どうかよいクリスマスを。