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2013年01月31日

だらだらに長いです。

なんだか、パソコンとか携帯とかがヘンなコトになっていて、
よくわからずに、とても気が萎えます・・・。
連絡いただいている方、追々、ご連絡します。すみません。
だから呑気にブログ書いている場合じゃないのですが、
今、自分ではなんともできないので・・・。

今回のパリは、いつもお世話になっている出版社の方々と数日間ご一緒して、
自分だけでは行かないような所に行ったりして、楽しかったです。
だから、あっと言う間でした。

その方々が帰国したあと、また別の編集の方とご一緒して、
で、お互い別々に帰国してから、またすぐに連絡もらって、
東京で二日間また一緒に過ごしたりしていて、
だからなんだか、まだパリにいるのか、東京なのか?という感じが
続いています。だらだらと。
でも、いろいろ話して、深い話しもできて、うれしい。


向こうに住む友人とは、チベット料理屋でランチ食べて、
私の行きたい食材屋さんにつきあってもらい、
そのあと、友人の仕事のアポイントについていって、
商談している横でアシスタント的に
にっこり微笑みながら控えてみたり、
そのあと、がしがしマレを歩いて、サン・ポールを歩いて、
サン・ジェルマン・デ・プレの知人宅でお茶をごちそうになり・・・。
その間ずっと、歩きながら
真面目な話、冗談、思い出話、うわさ話(うふ)と
弾丸トークして、すごく楽しかった。
なんだかこの日もうれしかった。

そういえば。
向こうで美術の勉強をしている知人に、
今、オルセーでかかっているのがいいらしいよ、と聞いたのを
ふと思い出し、どんより曇った激寒の日に、
久しぶりにオルセーでも行ってみよう、と訪れました。
昔のコスチューム展、
デザインがとてもかわいくて、きゅんきゅんしました。
ソワレ用のデザインは、
特に背中や腰の部分のデザインがすてきで、
360度どこから見ても魅力的に見えるように
作られているんだなぁ、と感動。
ほかに、ピクニック用のコスチュームなんていうのもあったりして、
風が通るような工夫をしたデザインだったり。ニクイです。
みんな背も小ぶりだったのね、ということより、
そのウエストの細さにびっくり。
どのドレスのウエストも、私の太もものサイズほどです。
はぁ〜!! なんか、
女として生きていくやる気が違うわね、と、ここでも感心するばかり。
女子にとっては、夢見心地になれるすてきな展示でした。
実際、ドレスやアクセサリー、お帽子の前、どこも、
うっとり眺めるマダムにマドモアゼルで激混みでした。
この展示、本当に人気らしく、入場制限をしていて、
展示室の前には、うねうねと幾重にも折り重なった長蛇の列。
いったいいつ入れるのかしら?と思いつつ、
あめちゃんをゆっくり舐めながら辛抱強く並びました。
にもかかわらず、展示室内、激混み。なぜ???????(笑)


オルセーには確かゴッホがあったはず、と、
ゴッホの寝室の絵も見に行きました。
日本で展示される時と違って、
絵に鼻の先がつくくらいまで近づいてみることができます。
(しかも、かなり長い時間、たった一人で絵の前に立っていられる!!)
ゴッホは不遇の画家と言われますが、
10年以上も前に、南仏の麦畑や病院を訪れたことがあります。
その時も、あの、スコン!と抜けた南仏の青空の下のはずなのに、
なぜこんなにも淋しい気持ちになるのかな?と思ったのですが、
ベットの部分の、力強くたっぷりと絵の具が盛り上がった筆のタッチを
見た途端、自分でもまったく思いがけず、
涙がぶわっとでてしまいました。
そこには、まぎれもなく、生きているゴッホがいたからです。
100年以上のときを経て、ぽろりとやって来た私が、
それを感じることができるなんて。
生きている間に売れた絵は1枚きりだったと言われるゴッホ。
心のコントロールに不器用で、
精神を病んでしまったゴッホ。
そして、今になって、高額でその絵が売り買いされていて、
彼はそれをどう感じているのだろう?

帰国してから、あのシチュエーションの絵は3枚存在し、
その最後に描かれたものを、いっとき、日本人が所有していたことを
知りました。
そして、オルセーにかかっている絵はまさに、その
日本人が所有していたものだということも。
戦後賠償の一環として、フランスの国有物になったそうなのです。

あああ。
時は刻まれてゆくのですね・・・。
そして、その時にはばらばらの点でしかなかったものが、
思いもかけないところで、線になってつながる・・・。
その当事者はそんなこと、知りもせずに、この世から消えている・・・。
こうやって、大きな歴史も小さな歴史もつながって
世の中は動いていくんだなぁ・・・。
そういう小さな小さな歴史は自分のまわりでも、
至る所無数にあって、
それに気付いたヒトの心に、小さな温かい火を灯したり、
マグマのような熱い感情をわかせたり、
行き場のないやるせない気持ちにさせたりするんだなぁ。

2013年01月29日

『ごちそうマリネ』が!!

またまた重版になりました。
見て下さったたくさんの方々、本当にありがとうございます。
とてもとてもうれしいです。


このうれしいお知らせを聞いたのは、
年明けから訪れていたパリででした。
(あ、パリに行っていました。)


まだまだ料理のことも、仕事のことも、人生のことも、
右も左もわからないような時に、
たくさんの影響を受けたフランス。
初めて行ったのは、大学2年生、20歳の手前のことでした。
見るもの見るものがすてきで憧れて、
流行りのレストランででてくる意外な素材の組み合わせの、
すてきな盛りつけの料理や、
学校で習う、がつんとクラシカルな重いソースの料理、
街場で日々みんなが買っている昔ながらのお惣菜・・・。
出会うもの、どれもこれも豊かで美しくて
ひとつも逃したくないくらい
わくわくしながら見つめて味わったものでした。
いつか、こんなにすばらしいフランスの料理を紹介する本を作れたらなぁ、
と思っていたあの頃。

なのに、
料理学校の実習では何をやってもうまくいかず、
挙げ句の果てに、鴨1匹を一人でさばくレッスンでは、
耐えきれず、トイレに駆け込んで吐いてしまったり・・・。
自分の思っていることがはっきり言えなくて、
(言葉の問題はもちろんだけれど、それ以前に、
自分の考え、というものがはっきりなかったり、自信がなくって)
先生に相手にしてもらえなかったり。
私はだめなのかも・・・。こんなんじゃだめだ・・・・。
自分のダメさばかり思い知ることになったのも
パリに行ったからこそ。
だから、やっと帰りの飛行機に乗ったときは、
ああ、帰れる、離れられる、という安心感と、
何もカタチにできなかった悔しさと恥ずかしさが混ざり合って、
ぼろぼろ泣いたなぁ。
パリは、フランスは、気高く美しく凛とそこにあって、
決して向こうから近寄ってきてはくれず、
こちらから必死にアプローチしないと、
近寄らせてくれないんだろう。
でもきっと、パリが、フランスが、認めるヒトでなければ、
それでもやっぱり近寄らせてくれないんだろう、とも
思ったのでした。
オトナになる、って、そういうことか・・・。
ぐんぐん遠ざかるフランスの街を見下ろしながら、思ったなぁ。
でも。
私はこれからの人生、ぜったいにまた、パリに来てやる。
何度でも来てやる。
フランスの料理にもっと近づいてみせる。
そう、誓ったのでした。

あの時、あのタイミングで、
あのヤワな自分でフランスに行っていなければ、
今の自分はないだろうなぁ、と時々ふと思うことがあります。
そういう、自分にとって特別な場所で、
このうれしいお知らせを聞くことができたのが、
とても幸せでした。


この日は、編集の方から重版のお知らせの電話をいただいたあと、
私が滞在していたサン・ジェルマン地区から、
セーヌを渡った向こう岸で約束があったのですが、
うれしすぎて、うずうずしすぎて、じっとしていられず、
予定より早く部屋を出て、歩いて向かうことにしました。
お昼前のパリの空には、
グレイの雲の切れ目に ところどころきれいなブルーの晴れ間が見え始め、
きん、と耳がちぎれそうに冷えて透き通った空気は、
大きく吸い込むと、体の中を一瞬で浄化してくれるようでした。
うれしすぎてうまく歩けず、ふわふわとスキップのようになってしまう私。
途中、セーヌの橋の上で、
エッフェル塔に向かって、思わず、小さくガッツポーズをしました。


私はまだ、あの頃のどきどきわくわくした気持ちのまま、
料理を作っています。
それはこれからもきっと・・・。

2013年01月07日

お知らせ 

あっという間に1月も1週間経ちました。

レッスンですが、1月のレッスンは全クラス、お休みです。
2月から、通常通り始まります。

皆さんのお越しをお待ちしております。